サラリーマン成仏のすすめ

キャリア・転職

皆さま、こんにちは!当ブログ管理人の悠爺です。

今回は今年(2024年)1月に亡くなられた大江英樹さんが、サラリーマン向けに書かれた著作や講演でよく言われていた「サラリーマンは50歳になったら成仏しよう」について、私自身の経験を踏まえながら語っていこうと思います。

「50歳になったら成仏しよう」とは

最初に簡単に大江さんが言われた「50歳になったら成仏しよう」の意図について解説します。

詳しい内容をお知りになりたい方は、以下の著作などをご参照いただくとよいでしょう。

Amazon.co.jp

ひと言でいうと、

サラリーマンも50代になるともう先が見えてくる。はっきり言って、出世競争については「勝負あった!」なのだ。だからもはや昇進とか、会社における地位に対するこだわりや執着は捨てるべきだ。

ということです。

そして大江さんは以下の理由で早く成仏することをすすめています。

なぜ「成仏する」、すなわち気持ちを切り替える必要があるのか?それは定年後の人生が昔よりもはるかに長くなったからだ。早く成仏して定年後に向けた準備を開始しないと、そこからの長い人生を幸せに過ごすことができなくなってしまう。

成仏したら次に何をすればよいのか

重要なのは専門性

私はこのブログでサラリーマンはゼネラリストよりもスペシャリストを目指すべきだと主張してきました。

50代の転職についてふりかえり(1)「大企業は安泰」の終焉
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この主張は私自身の経験から強く感じたことなので、その通り書いたわけですが、先ほど紹介した大江さんの著作の中にも「成仏」に関連して同じことが書かれていたので、抜粋します。

成仏したら、出世のことは忘れて「今の仕事を頑張ること」が大事だ。シニアの転職や起業で最も重視されるのは「専門性」だ。営業であれ、庶務業務であれ、どんな種類の仕事でも高い専門性を持っていることがとても重要だ。

続けます。

上場企業に勤めていて、定年後あるいは50代後半で新しい会社に請われて移った人には特徴がある。それは、社内で出世することよりも自分の専門性に磨きをかけてきた、職人気質のひとだ。

これぞ「我が意を得たり」であり、200%同意してしまいます。

ここでいう専門性とは、スペシャリストと同じ意味です。

資格にこだわる必要はない

私は45歳のころ、当時勤めていたJTCで出世競争から脱落したことを感じました。

それ以来、自分はいったい何の専門家なのか?それは社外でも通用するのか?という自問自答を繰り返してきました。

専門性というと多くの方が国家資格を思い浮かべるかもしれませんが、大江さんは上の抜粋の中でも言われているように、どんな種類の仕事でも専門性を磨くことは可能だと言われています。

私はこの視点が一番重要だと思っています。資格にこだわる必要はありません

この分野のこの種の仕事については専門家として自信があります、と胸を張っていえればそれで十分です。

あとは今の仕事の中でそうした「専門家としての自信」がつくように会社を利用すればよいのです。

幸いなことに出世コースははずれて、仕事の責任と負荷が減り、自由に使える時間が増えたのですから、たとえば、会社の業務に関連するセミナーを会社の費用で受講したりして、専門性に磨きを掛ければよいのです。

私自身、50代で2回転職を経験していますが、何か新たに資格を取得したことはありません

もちろん資格を取ることを否定するつもりは毛頭ありません。

言いたかったことは、専門性獲得のために資格が絶対に必要というわけではない、ということです。

自分が何の専門家だと自信を持っているのかを突き詰めて考えるのは、自分という人間を冷徹に評価することになるので、結構これがメンタル的にしんどいのです。

なので、「資格を取れば専門家になれる」という発想に傾きがちですが、資格が取れても実績を積まなければなかなか専門家とは認めてもらえません。

実績を積むには時間がかかりますし、転職なら社外の同業者との人脈、起業ならお客様の候補となる人の関係構築も必要になります。

資格取得の勉強に50代の貴重な時間を費やしてしまうと、肝心の実績づくりや人脈づくりに時間が回せなくなってしまいます

この盲点に陥らないことが重要だと思います。

私の場合

私が何の業界の何の専門家(スペシャリスト)なのかについては、匿名ブログの性質上、開示することができません。

この点についてはお許し頂きたいと思います。

出世コースから脱落を感じたとき

45歳のころ、当時勤めていたJTCでまだ成仏していなかった私は、自分より入社が後の人が自分よりも階級が上の肩書に昇格したことを知って、「あ、俺は脱落したな」と感じました。

その1年後の人事異動のタイミングでも、自分には昇格昇進の通知が来なかったので、自分のキャリアはここで打ち止めだと確信しました。

正直な気持ちとしては、やはり喪失感はありました

当時の自分にとって、サラリーマンは出世してナンボの世界でしたし、家族や親戚からも同じように思われていたはずです。

一方で肩の荷が下りたような安堵感もありました。

それまでは昇進するたびに、「本当にこの役が自分に務まるのか」という不安を感じながらメンタルに鞭を打って自分を奮い立たせていました。

あの不安から解放されるという安堵感は確かにありました。

行く末を考えていた矢先のリストラ

当時のJTCでは、頭打ちになった管理職人材は子会社や取引先の会社に出向、やがて転属というルートが基本路線でしたので、自分も今後数年以内に同様の辞令を受けるだろうと考えていました。

それはそれで悪くはないとは思っていたものの、それが自分にとって本当によいのか、という思いもあり、気持ちは揺れていました。

そうして数年が経ち、襲ってきたのが職場清算の大リストラです。

自分の行く末を考えるどころではなくなりました。

リストラで専門性と人脈を獲得したという皮肉

このリストラを遂行するには、当時の自分が持っていたスキルや能力では歯が立たないことは明白だったので、社外のコンサルや弁護士を探してプロジェクトを組むことにしました。

私が今の専門性を身につけることができたのは、このプロジェクトを遂行したことに拠るところ大です。

あの時は職場清算の期限を切られたので、絶対に期限内に解決しなければいけないという猛プレッシャーを感じていました。

コンサルや弁護士と付き合うために必死で勉強しました。

それが後で自分の身の処し方に役立つとは当時は考えてもみませんでした。

難しい交渉が多く、打ちのめされること多々ありましたが、そうした交渉では逃げずに前面に出たことで自分を社外の人にアピールすることにつながりました。

人脈づくりに役立ったのです。

ここまで来れば転職はそれほど難しい話ではなくなります。

実際、複数の企業から引き抜きの打診を受けるようになりました。

50代で転職、収入は?

次はリストラ終了後のJTCに残るか、転職するかを決めなければなりませんが、私の気持ちは転職に傾いていました。

そのJTCは、世間にそれなりに認められた大企業だったので、転職よりは残った方がリスクは小さいし、世間体も保てるのは明白でした。

でも、私は自分が身につけた専門性を試してみたいという思いの方が強く、転職の道を選びました

その際やはり気になるのは収入がどうなるか、ですね。

お金は現実問題なので、出世よりもずっと気になる要素です。

当時、上の子が大学受験、下の子が高校受験のタイミングで、これから教育費が高騰することは明白でしたから、収入が下がる転職は避けたいと考えていました。

結果として杞憂でした。

転職後の収入はアップしました

リストラが専門性を磨く機会を与えてくれただけでなく、リストラを遂行した経験が実績として語れるようになったからです。

私は60歳を超えた現時点において、50代から収入が大きく下がった経験はしていません。

転職によって、JTCには定められていた役職定年や再雇用など、収入の大幅減少を伴う措置を回避することができたのです。

全ては結果論なのですが、あの時リストラされてよかったと、今だからこそ言えます。

リストラがなく平和なままに出世コースを脱落していたら、おそらく子会社への転籍で収入が下がり、そこでさらに役職定年と再雇用を経て、今とは全く違う世界で生きていただろうと思います。

まとめ

危機という言葉から「ピンチ」を連想されるでしょう。

しかし、この熟語をよく見ると「危ない=リスク」と「機会」の両方を表現しています。

私にとってリストラは大ピンチでしたが、同時に専門性を高めて転職、さらに収入アップという機会を得ることができたので、今となってはリストラに感謝しているくらいです。

このような発想ができたのも、さかのぼって考えると、45歳ごろにサラリーマンとして早々と成仏したことがきっかけだったように思えます。

人生いつどこで何が起き、どう展開するか予想できません。

大事なのはピンチに遭遇したとき、いかにしてその苦境を機会に変えるかだと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。次回のブログでまたお会いいたしましょう!

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