経済評論家 山崎 元 氏の最後の著作を読んで

キャリア・転職

皆さま、こんにちは!当ブログ管理人の悠爺です。

昨年(2024年)1月に逝去された経済評論家の山崎 元氏の著作「経済評論家の父から息子への手紙」を読みました。
私が山崎氏の著作に出会ったのは50代後半になったことろで、単身赴任先で週末の暇つぶしに本屋に出かけたときだったと思います。
だんだんリタイア後の生活や老後資金のことが気になってきた時期で、株式投資による資産運用を始めるかどうか迷っていたので、そんな時、氏の本との出会えたのは幸運だったと思います。
山崎氏はオルカンの投資信託一本での運用を推奨していますが、私は異なるポートフォリオで運用しており、投資については必ずしも山崎氏のすすめ通りに行っているわけではありません。
しかしながら、山崎氏の投資だけでなくキャリア形成に対する考え方には以前から深く共感するところがあり、面識など全くないのに勝手に自分の師匠として崇めていました。
そんな山崎氏の遺作ともいうべき上記の書籍を一読し、感銘を新たにしたので、今回はこの本のどこがよいのかについて語ってみたいと思います。
ネタバレにするつもりはないので、全体を要約することはしません。興味を持たれた方は是非書籍を購入されることをおすすめいたします。

働き方・稼ぎ方

この章で山崎氏はJTC(日本の伝統的な大企業)に就職して終身雇用という昭和の働き方を否定し、新しい働き方として4つの方法を紹介しています。
  1. 自分で起業する
  2. 早い段階で起業に参加する
  3. 報酬の大きな部分を自社株ないし自社株のストックオプションで支払ってくれる会社で働く
  4. 起業の初期段階で出資させてもらう

これらはサラリーマンとして会社から給与を支給されるだけでなく、株式で稼ぐ働き方の具体的な手段として挙げたものです。

サラリーマンは定期的な収入が保証されるため、経済的なリスクは自営業などと比べて小さいですが、労働者としての弱い、搾取される立場です。

そこで少なからぬリスクを取って資本家の立場を取り入れよ、その具体的なやり方が上記の4つだ、というアドバイスです。

なるほど、これは上手く整理していると思いました。

私自身はというと、1を除く2~4については図らずも経験しています(一部は現在進行形です)。

昭和の末期にJTCに新卒で就職した私のキャリア観は、御多分に漏れず完全な昭和モデルでした。

そのキャリア観は50歳の時、リストラを経験したことで瓦解しました。

当時は転職のことで精いっぱいで、株式で稼ぐ働き方など全く考えもつきませんでしたが、転職した会社がたまたま外資系だったので、3を実践することになりました。

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そして今はスタートアップ企業で働いていますが、それが2と4に該当します。

私自身が出資した金額はたかが知れているので、さしたる儲けも期待していませんが、形の上では多少なりとも起業に参加しているとは言ってもよさそうです。

残る1の「自分で起業する」はどうかというと、今のところそこまでの計画はありません。

2~4を経験したとはいえ、50歳を過ぎてからの話なので、やや遅かった感も否めません。

しかし、私の資産額を振り返ると、50歳までのJTC時代はほぼマス層で、たまにアッパーマス層になるレベルでしたので、結果としては50歳以降で2~4を経験したことは資産形成にプラスに作用したのは間違いなさそうです。

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若い世代の方には是非1~4に挑戦して頂き、豊かな人生と栄光を手にして頂きたいと思います。

働き方のコツ、覚書

これは書籍の第三章に出てくるのですが、その中でキャリアの作り方と転職について書かれている点が印象的でしたので、掻い摘んで紹介します。

  • 28歳までに、自分の「職」を決めよ
  • 35歳までに、自分の人材価値を確立せよ
  • 45歳から、セカンドキャリアについて準備せよ

まず一点目ですが、なぜ28歳なのかというと、職を選んでも仕事を覚えるのに2年くらいかかるから、30代前半をスパートするには28歳までに「自分はこれで生きていく」という職の選択をせよ、というロジックになっています。

私はJTCに就職してから自分の職については一貫しているので、とくに28歳をターニングポイントとして意識したことはありませんでした。

35歳時点で組織内における人材価値、評価はほぼ決まるということには強く賛同します。

これはどのこ会社でもほぼ共通でしょう。

35歳以降、出世コースに乗る人とそれ以外に振り分けられると思って間違いありません。この点は昭和の時代からも変わっていないと思います。

そして45歳になると、出世コースの中で競い合った人たちの序列がほぼ確定します。

出世競争で生き残れた人たちはさらに役員を目指して上がっていきますが、残れなかった人たちは出向、転籍、役職定年など下りのキャリアコースを歩むことになります。

私はというと、JTCにおいて45歳で出世競争に残れなかった方の人材です。

50歳でリストラされなかったら、間違いなく上記の下りコースに乗っていたでしょう。

特に45歳時点において山崎氏が重要としているのが、セカンドキャリアを確立する上で必要な仕事の「能力」と自分の仕事を買ってくれる「顧客」だとしています。

書籍にはそれ以上詳しいことは書かれていませんが、この指摘は、私が以前のブログでも書いた、ゼネラリストではなくスペシャリストを目指すべきという主張と符号するように思います。

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45歳になって自分のキャリアの先が見えてきたら、どうやって自力で生き延びるかを真剣に考えないといけない、ということです。

私はこの問題には45歳時点で薄々気づいていたのですが、結局踏み込みが甘く、今のレベルにとどまっているのが正直なところです。

小さな幸福論

この章では山崎氏の意外な一面に触れることができました。その意味では一番興味深かった章でもあります。

山崎氏は人の幸福感はほぼ100%「自分が承認されているという感覚」でできていると断言しています。

マズローの欲求5段階説に出てくる4段階目の「承認欲求」が満たされている状態ですね。

承認欲求には他人との比較による見栄、マウント、妬みなどの人間ゆえの煩悩が深く絡んでおり、実にこれがやっかいなのですが、とはいえ幸福感には絶対欠かせない要素だと喝破したのでしょう。

そして山崎氏はその証拠として、

モテない男は幸せそうに見えない。

とまで言い切ります。

そして「モテ」の秘訣はただ一つで、

心からの興味を示しながら、相手の話を熱心に聞くことだ。自分から行う自分語りは一切いらない。自分について語ろうとするとどこかに自慢やアピールが混じるからやめるべし。実際、世間を観察して、スペックの高い男でも、自分語りが多い男は驚くほどモテないことに気がついた。(一部約め)

としています。

なるほど…。

山崎氏は結構、「モテ」にこだわっていたのですね。

ここで「モテ」とは明らかに異性にモテることを言っているのですが、経済評論家として生きる以上、読み手の人気は生命線だったわけで、異性に限らず広い意味での「モテ」にこだわった氏の気持ちはよくわかる気がします。

ただ、山崎氏は読み手に迎合することはなく、間違った既成概念や通念に対しては徹底的に戦う姿勢を崩しませんでした。

それは見ていて痛快で、だからこそ評論家としての存在価値があったのだと思います。

実に惜しい方を失いました。

山崎氏が逝去されて1年が経過しました。

改めてご冥福をお祈りいたします。

ここまでお読みいただきありがとうございました。次回のブログでまたお会いいたしましょう!

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